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Art No. 6 アルフレッド・デ・ラ・マリア リミテッド・エディション・プリント



ミラボー
"Mirabeau"

11回モナコ・グランプリ
1950年5月21日

"11th Monaco Grand Prix 21-5-1950"


ファンジオ(アルファロメオ158)はエタンスラン(タルボ・ラーゴ)、ボブ ジェラール(E.R.A)をリードしてホテル・ミラボーにさしかかる。 第一ラップ、タバコ付近でのファリナのスピンに端を発した集団事故で、リタイヤ・マシンの続出、ファンジオは易々と優勝する。 以後彼は、F1史上場最初の24勝を続け、「ファンジオ」は伝説のレーサーとして語り継がれることとなる。 また、これによりアルファロメオはモナコ3勝目となった。

アルフレッドの画筆はホテル、ホテル・ミラボーの鈴なりの観客にも向けられている。 ファンジオの巻き上げる砂埃が現在のF−1レースにはない迫力を感じさせ、画面を見るものが、思わず身を乗り出してしまうようだ。

この年、アジアでは朝鮮戦争が起こり、冷戦が激化の一途をたどるが、ヨーロッパでは大戦の復興が本格化する時代である。 日本では警察予備隊が設置され、マッカーサーにより、共産党中央委員が追放、さらに翌年には、サンフランシスコ講和条約が締結。
ドライバー/マシン Driver/Machine
ファン・マニュエル。ファンジオ/アルファ ロメオ 158
エタンスラン/タルボ・ラーゴ
ボブ・ジェラール/E.R.A.
Manuelle Fangio/Alfa Romeo 158
Etancelin/Talbot Lago
Bob Gerard/E.R.A.
アルフレッド・デ・ラ・マリア  ―「力と勇気」「感動と希望」を描く男 ―

1940年、ウルグアイに生まれる。モンテビデオ市、ベラス・アートスクールに学び、建築を専攻。 18才頃より、現地有力紙上に、「政治」、「スポーツ」イラストを担当。  1961年、プンタ・デル・エステ市にて、初の個展を開催、彼の「海洋画」は人気を呼び、彼をスターダムに押し上げる。 1966年(26才)にパリへ留学、3年間滞在。帰国後、アルゼンチン、ブエノスアイレス市の有力新聞社に招聘され、 25年にわたり「オートムンド」「パラブリサス」「エル・トニ」「ダルタニアン」等でイラストを連載。 1989年、一連の絵画を、アルゼンチン・ブエノスアイレス・クラシック・カークラブに常設展示、モータースポーツ画家としての名声を確立した。 現在、ヨーロッパ、アメリカで最も有名なモーター・スポーツ・アーティストの一人者に数えられている。 1981年ローマ法王、ヨハネ・パウロII世による、アルゼンチン、チリーの国境紛争仲裁の際、彼の描く「法王による平和」の肖像画は法王庁に献上の後、 アルゼンチンに寄贈され、現在ブエノス・アイレス市のバシリカ・ルーアンに見られる。「法王を描いた男」として、中南米の画家としては、1−2に数えられる存在。 肖像画、歴史題材画の名手でもある。
仕上げ:4.5センチ幅、木製金箔張り仕上げ。 カラー:ゴールド
プロフィール:5mm,ゴールド マット:ホワイト
前面:透明アクリル、UVカット 額装サイズ:80cmx96cm
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